世界が滅亡するうんぬんのTVを見て思った。



昨日、ディスカバリーチャンネル(ケーブルテレビ)でコレ見ててちょっと考えさせられた。

番組内容は「地球に隕石が衝突!生き残った人類はどうなる?!」みたいな話。

偶然生き残った人たちは海に逃げたり暖かい土地に移動したりとか、いろんなことを試して人類の再起を計るって感じだったんだが、そこで思った。

もしこんな状況が俺に降ってきたら

「いま生きている理由の大半を失う(汗)」

エンディングシーンで各所から集まった人間たちが村を作り、新たな発展を開始するって感じだったんだが、例えばこの村に俺がいたとして・・・

村の人達と大工仕事やったり狩りとか農業やったり、食事作ったりみんなで楽しく騒いだり喧嘩したり。。。

おいおい、生きてるだけか?!(; ゚д゚)

と、思った。

非常に根源的な話だが、これが人間生活の基本。そう考えると今俺が理想に描いている物は、“おまけ”だと気がついた。

俺は商人なのだが、この状況では商取引というものが存在しない。通貨も存在しない。完全に助け合いのコミュニティー。

どこで才能発揮するんだ?!(笑) 

はっきり言ってこんな環境で商才のある奴とか絶対邪魔だしw

今が素晴らしく恵まれた環境だからこそ“おまけ”の才能が使えてるわけだ。なんか突然ありがたくなった。

さて、今考えている夢とか希望とかが隕石によって吹っ飛ばされた時、こりゃやっぱり絶望するよね。

「将来フェラーリに乗りたい!」

チュドーン(隕石)

「豪邸に住みたい!」

チュドーン(隕石)

「金持ちになって尊敬されたい!」

チュドーン(隕石)

・・・うーむ

これはすごい。
なんか逆に楽しくなってきたw

もちろん俺はこんな欲望の亡者であり資本主義の権化のような奴なので、隕石衝突での絶望っぷりもハンパ無いはず。何が悲しくて村の復興やら木こりやらせなあかんねんとw

さてそうなると疑問が湧いてくるよね。

「生きる意味ってなーに?(笑)」

現在、深刻な顔して仕事して、一生懸命に努力して、真面目な顔して商談して、真剣に政治経済を考えたりしてるが、隕石衝突後にこんな奴はいない。

そう考えると今オレがやってることが滑稽に見えてきたw

明石家さんまも言ってるが

「生きてるだけで丸儲け」

ってことなんやね。

家があって、ご飯が食べれたらそれだけで十分。あとの部分は全部趣味みたいなもんなんだね。なんか気づいたよ。ホームレスでも糖尿病になるぐらいの素晴らしい国なので食糧難で死ぬってことはまず無いだう。

安心じゃねーかw

政治がクソすぎて収入がゼロになり生活がやばくなって始めて隕石衝突と同様ぐらいか。いや、それでもまだマシか。邪魔なのは道端の食料を食べられない劣等感ぐらいかな。

いやいや、ホント考えさせられた。

「会社を大きくするぞー!」

ってもちろんオレは思ってる。

でもその為に何かを犠牲にしたり、強引に進んだり、悪に手を染めたりとか、そこまでする必要は無い。そこまでの価値はビジネスには無い。それはただの個人的な欲望だ。

だってすでに満たされているんだから。
丸儲け中だ。

考えてみれば「社会を発展させてくれ」なんて神の啓示をオレは受けてない(笑)。誰からも頼まれてない。ということは社会を発展や進歩させたいってのは、ただ単に俺のエゴである。

そりゃそうだ。すでに満たされてる。

となると、全てのことに優先されるのは生活であり家族ってことだな。基本的だがこれでいい。仕事と家庭なら迷わず家庭。家庭の為の仕事。趣味としての仕事である。

うんうん

なんかわかった。

いいこと気づいた気がする。

なんとなく前から「おかしいな~?」と思ってたんだが、
ちょっと解決した。

ということで今後、

もっと人生気楽に行きたいと思います(・∀・)

もしも隕石が落ちてきて

人生に絶望してしまわないようにね。 
 


常識常識


どうも商売の常識に毒されてる気がする。

商売だけじゃない。いろんな物の常識を超えていくのって難しい。一般的に言われている常識を超える方法はまだわからないけど、商売の常識だけで言うと、

「お客様に喜んでいただけるなら、たとえそれが非常識でもかまわない。」

この考え方である。非常にシンプルなんだけど非常に難しい。心から思っていないと実行は不可能である。

「過去にそんなことした会社は無いですよ。」

「一般的にはこうですよ。」

「常識的におかしいですよ。」

・・・こんなことを言われたらなかなか返答にこまる。まぁ対処しなくても無視すればいいのだが、それもなかなか難しい。過去何度もそんな意見に従って結局間違えた選択をしてきた。それでもなお、これらの言葉には弱い自分がいる。責任を取るのは自分なのに。

「お客様に喜んでいただけるなら、たとえそれが非常識でもかまわない。」

早くこの境地に立ちたい。

理屈的にはこれで合ってるはずだ。

こんな風にブログに書くことによって、自覚を高めたいと思う。

 

 


過剰摂取は毒


なんでもそうだが過剰摂取してはいけない。

ご飯も食べ過ぎると体に悪いし、薬も飲み過ぎると毒になる。

「情報も同じ」

収集し過ぎるとそれを生かしたくても躊躇してしまったり、人真似になってしまったりする。オリジナリティを出しづらくなる。

オリジナリティなんて無くても商売はできるが、革新的なことをやるならば情報は受け取る側でなく発信する側にならなくちゃ。

なんの情報も知らないままお客様の為に商売していれば、いつの間にか革新的なことをやってるだろう。

カレーのCoCo壱はライバル店の調査を一切しないらしい。まさにこの事だ。流行りに乗って

「ソーシャル対応しなきゃ!」

みたいなのは愚の骨頂。お客様はそんなこと望んでないかもしれないよ。

ただ一生懸命自分のエリアで勝負すればいいだけだと思う。